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派遣の仕事をやめてから時間ができて、他の漫画家志望者のかたのブログへもちらほらおじゃまするようになって気付いたのですが・・みなさんけっこう投稿歴や投稿先を明確に書かれているんですね
私も以前別ブログをやっていたとき書いていたのですが、よく考えたらこっちのブログにはぜんぜん書いていなかったので、転載しとこうかなと思います

↓ここから転載(2008年9月の記事より)

初めて投稿したのは、大学1年の冬(19歳)だったと記憶しています。漫画家になりたいという夢はもう小学生の頃からの願望だったんですが、投稿しどきの高校生の時分はアルバイトにハマってしまい友達の家に泊まったり旅行したりと、結構金をつかっていたので(多分今より遣ってた)バイト三昧の高校生活を送ってしまいました・・(アホだ・・)
なんとか地元の大学に入り、ようし漫画描くぞ!と思ったのですが授業ビッシリ&またアルバイトもやったりして、時間はあっという間に過ぎる日々・・
それでもなんとか描き始めたのですが、思ったよりずっと時間がかかりましたね1作目は・・ネームからトーンまで、しめて半年くらいかけて描いたと思います。(すっげぇ遅筆・・)

最初の頃は、指定枚数どおりに仕上げることができなくて(だいたい30頁くらいにまとめなくてはいけない)なんか50ページくらいの作品になってしまった気がしますそれでも最初は「いける!!」とわけもなく自信がこみあげて来ていました。まあ、りぼんに投稿して結果はBクラスだったんですが。

2作目と3作目でAクラスを経たのち、4作目から初めて賞をもらえるようになりました。5作目で担当編集者の方についていただいたのですが・・そこからが地獄の始まりで・・・

つづく。(次の更新は18時です)

つづきです。

5作目は1日でネームを描き上げたコメディ漫画だったのですが、その作品で担当編集者のかたについていただきました。発表が掲載されている雑誌の発売日に、出版社から電話があり、(まさかデビューか!?)と思ったら「○○賞に入ったので私が担当になりました。これからは原稿の前段階のネームから見ていきますので、私宛にネームを送ってください」とのこと。なーんだ・・と思いましたが1歩前進した気がしてやっぱり嬉しかったです

ですが・・この“ネーム”、送れども送れども、ぜんぜんOKがもらえないんです!
「うーん・・この前のネームだけどもっと印象に残るエピソードが欲しいっていうか・・」とか「絵なんだけど、目が小さいから大きくするとか、いっそガラッと絵柄を変えてみない?」とか「何回か描き直してもらったけど、わからなくなっちゃってるみたいだから思い切って別の話にしない?」などなど・・
結局大きな新人賞に応募するために1度だけ原稿を描かせてもらいましたが、それも楽しく描けず小さい賞どまりでした。

それまで自分1人の判断基準で突っ走ってきた私には、もう何を描いたらよいのやら全然わからなくなってしまいました。もう全然描きたくなくなっちゃって。私はまだまだ精神面でも未熟な子供だったので、指導の言葉も素直に受け取れなくなっていき、ちょうど大学も卒論大詰めに差し掛かっていったためネームを送らなくなってしまいました。
今思えばここで頑張れるか頑張れないかで、運命は変わったのだと思います。


つづく。(次の更新は明日6時です)

つづきです。

大学卒業後は職場が楽しくて、2年以上全く漫画を投稿しませんでした。(頭のなかには常にありましたが・・)あきらめきれず久しぶりに投稿したのですが、以前見てもらっていた編集者の方にはなんとなく連絡できず、何も言わずに投稿しました。

すると、結果が初投稿と同じBクラスにまで下がってしまったので、そこはもう駄目なんだなと思いました。雑誌を変えて(マーガレットへ)投稿したところ、編集者はつきませんでしたが賞をいただけました。ですが発表の際、作者名が私でなく別の人のペンネームに誤植されてしまい私の名前はその人の作品のところに誤植されていました。電話で尋ねたところ、本当に申し訳なかったけど訂正文は載せない予定ですとのこと。ページの3分の1枠に載っただけにショックも大きく、また投稿しなくなってしまいました。(本当ヘタレですね・・)

ですが、去年きゅうに「東京にいって持ち込みしてみよう!」と思い立ち、30ページの作品を持って初めて1人で東京の土を踏みました。誤植された雑誌(マーガレット)にまた投稿しようと思い、神保町へ向かいました。

初めての持ち込みで、待たされている間すっごく緊張したのを覚えています。すぐ近くには別の持ち込み者がいて、少年漫画(ジャンプ)の指導を受けている人なんかもいました。人の原稿って輝いて見えるもので、「私こんな原稿持ってきておかど違いじゃないだろうか・・」ととても心配になりました。

原稿を見てくれたのは女性の編集者の方で、思ってたよりきついことは言われませんでした。絵をもうちょっと直すといいと言われたので、持ち帰って直したあと、またその方に送る約束をして帰りました。
送った原稿で小さな賞をもらえましたが、まだまだだなーと実感しました。

年齢的にも投稿で許されるのはあとせいぜい2年くらいでしょうとはっきり言ってもらえたので、ある意味よかったと思っています。
もし今後担当編集者の方についてもらえるチャンスがあれば、絶対喰らいついていこうと思ってます。(そのチャンスをつかむのが大変なんですが・・)
余談ですがこれ以来持ち込みにちょっとハマってしまい、それから数ヶ月後、応募するつもりのなかった出版社数社にも「建物のなかに入りたい!!」という理由だけで持ち込みに行きました笑大手はどこも警備がすごいんですね。建物の迫力?にいちばん感動したのは講談社でした。

デビューしてからがかなり厳しい業界だと言われているのに、デビューする前にこんなに遠回りしている私って一体・・(いや、頑張りますよ)



・・と、こんな情けない身の上話でお恥ずかしい限りですが
留守番ざれごとこれにて終了ですm(_ _)m

(2009年1月)
かなり更新を滞ってしまいましたが・・
今年もよろしくお願いします

じつはこの数カ月いろいろありまして、なんとか漫画雑誌(現在の投稿先)の編集者さんに面倒をみていただけるようになりました
担当編集者についてもらいたい、ついてもらいたい・・とは望んでいたものの、やはりネームのやり直しはキツイですね(笑)でも、昔とちがって「ありがたい」という気持ちがあるのでけっこう楽しく、また出版社への持ち込み経験で酷評を受けることにも慣れたので割と何を言われても平気になりました(笑)。若い時はいちいち凹んでましたが・・年とったせいもあるのかなぁ今は感謝しながらやってます

あと、これはまた違う会社ですが、インターネット漫画に掲載していただけることになりました!原作が昔話なので、原作の文章を漫画にするという仕事なのですが原稿料も頂けます。デビューと言っていいのかわかりませんが、描いたものが多くの人の目にふれるというのは何よりも嬉しいことですただ坊さんとか着物とか描かなきゃいけなくて・・歴史は苦手なんですが資料を集めて練習します来月〆切です。がんばるぞ~。


↑ここまで転載でした。

現在に至るって感じです
ちなみに現在の投稿先はヒミツです。ちょっと前まではなんとなく集英社がいいというこだわりがあったんですが、だんだんそういうこだわりはいらないと思うようになりました。

・・それにしても・・

はやくデビューしろ自分・・
 こういう記事書くとなんかだめっぷりが見えてへこむ・・←ブログランキングのボタンを毎回こっそり貼っときます。もしよければポチっとひとつたのみます。 
 
どうでもいい追記
雇用保険受給者説明会サボったことを電話してあやまったら、「いつでもやってるので来てください、わざわざ電話いただいちゃって・・」と、丁寧に案内していただけましたえがった。

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プロフィール
名前:渡部まさみ
マンガボックスにて
「くのいち女子高生音無さん」連載中
誕生:5/6
出身:秋田県
在住:埼玉県
夢:wikiペディアに載りたい
↓単行本発売中!


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